ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

自己肯定感を育むためのヒント

あの小さかったころの “絶体絶命” に比べれば・・・〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

私の家のすぐ近くの道路が小学校の通学路になっていることもあって
毎日、子どもたちの元気な声が聞こえてきます。

特に、ランドセルに黄色い安全カバーをつけた1年生たちが
かわいいやら初々しいやらで、思わず、顔がほころんでしまいます。


さて、大人になった今でも
彼らのような小学生のとき(さらには、もっと小さかったとき)でも
何かしら『問題ごと』は存在するわけですが
スケールもレベルも ”桁違い” であるにも関わらず
小さかったころの方が、相対的にピンチのダメージが大きかったのではないでしょうか。

まさに ”絶体絶命” というか。


先生に、みんなの前で怒鳴られただけで
その日1日、ブルーな気持ちで過ごしていたり・・・

ちょっと友達とケンカをしただけで
もう二度と遊ぶことができないんじゃないかと思ってみたり・・・

計算や運動ができないだけで
これから先は生きていけないんじゃないかと思ってみたり・・・

(『はじめてのおつかい』のピンチなんて、まさに ”絶体絶命” ですよね)


人生経験が少ないといってしまえばそれまでですが
いま、受けるピンチがそれほど絶体絶命だと感じないのは
今まで、数多くのピンチを乗り越えてきたからこそ。

そう。

大人になると、みんな図太くなっている。


もし、みなさんが、いま何らかの問題を抱えていたとしても
もう一度、小学校のころの “絶体絶命” を思い出してみて
「あのときに比べれば、どうってことないな」と
ちょっとつぶやいてみるのもいいかもしれませんね。

「生きていく」のではなく「生きてみる」〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のプレスリリースにて
吉田拓郎さんの『今日までそして明日から』という曲を紹介しましたが、それに関連して。
( http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1236 )


「生きていく」という言葉はすばらしい。

「自分の人生、自分で切り開いていく」という
意志を感じることができるから。

ただ、長い人生。
必ずしもそうとばかりいかない・・・

何のために生きているのか分からず
砂を噛むような日々を送ることもあるかもしれない・・・

(年度が変わるこの時期、うつ状態に襲われる方がものすごく多いようです)


そんな気持ちに襲われたとき

まず1日「生きてみる」

そして、何とかその1日を無事過ごすことができたのなら

もう1日「生きてみる」


その繰り返し。
 

また、この感覚は
曲の後半の歌詞に通じるものがあると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

♪私には 私の生き方がある
 それは おそらく自分というものを
 知るところから 始まるのでしょう
 けれど それにしたって
 どこで どう変わってしまうか
 そうです わからないまま生きていく
 明日からの そんな私です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かけがえのない、あなただけの人生。

「私は今日まで生きてみました」〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、車を運転中
何気なく聴いていたラジオから流れてきた
吉田拓郎さんの『今日までそして明日から』という曲。。

この歌の前半部分はというと・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

♪私は今日まで 生きてみました
 時には誰かの 力を借りて
 時には誰かに しがみついて

※私は今日まで 生きてみました
 そして今 私は思っています
 明日からも こうして生きていくだろうと※

 私は今日まで 生きてみました
 時には誰かを あざ笑って
 時には誰かに おびやかされて

 (※くり返し)

 私は今日まで 生きてみました
 時には誰かに 裏切られて
 時には誰かと 手をとり合って

 (※くり返し)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲を聴いて、少し面白いというか
どことなくほっこりした気分になったわけですが、なぜか。。。

それは、歌詞の冒頭にある

生きて “みました” (「生きてきました」じゃない)

の部分。

(これまで何度か耳にしたことはあったのですが、気が付かなかった)

そう。

「生きてきた」のではなく「生きてみた」と書いているところ。

これを未来に向けて書いたとき
(「生きていく」ではなく)「生きてみる」になるわけですが
この感覚こそが、実はとても大切なのかなと思ったこともありまして。

次回、少し踏み込んで書いてみたいと思います。

時間とお金を “つくる”〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

きょうから2月。
2022年が始まって1ヶ月が経ちました。

遅ればせながら・・・
今年の目標というわけではないですが
今年、特に大切にしていこうと思ったことです。

・やるべきこと、ほんとうにやりたいことでない限り、やらない。
・必要なもの、ほんとうに欲しいもの・好きなものでない限り
 買わない。使わない。手元に置いておかない。
・会うべき人、ほんとうに会いたい人でない限り、会わない。会う約束をしない。
・お腹がすく
、もしくは身体が欲する限り、食べない、飲まない。

改めて見直すと
「欲を捨てた」ようにも捉えられるので(実際にそうですが)
見方によっては、「つまらない人生」とか、なんとなく寂しい人のように感じられるかもしれませんが
「いかに欲を満たすか」でなりたっている感のある資本主義は、結局のところ
不自然というか、自然を壊してしまうような生き方に繋がってしまうので
欲を捨てた(ようにも見える)この〔考え方〕は
ある意味、『SDGs』に沿った生き方ということも言えるような気がします。

また、やりたいこと・やるべきことをちゃんと絞ることで
時間とお金を “つくる” ことができますよね。

自分を変えることが難しい場合は○○するといい〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

2022年が始まって1ヶ月弱・・・

毎年、初詣には、神様に向かってお願いごとをしたり
今年の目標・誓いみたいなものを立てるわけですが、その思いの裏側は
自分に何か足らないものを感じていたり、自分自身を変えたいという気持ちが
少なからずあるように思います。
(もちろん、私もその一人です)

とはいえ、なかなか自分を変えることは難しいのは百も承知。

では、どうすればいいのでしょうか?


以降、私が耳にした話で
「なるほど!」と思ったことを書いていくと・・・


自分を変えるのではなく、日常を整えていく。

つまり、整(ととの)えれば調(ととの)う。


日常使うモノを整えて
(モノの “住処” をちゃんと決める)
自分の手で空間に変化をもたらせば
暮らしに変化が訪れ、心も自然に調い
丹精な日常となっていく。

使わなくなったモノ・余分なモノを丹念にそぎ落とし
最後に残ったシンプルなモノや情報と向き合うことで
“真の願望” を見つけることができるに違いない。

そうすることが人生に劇的な変化を招き入れることになるとのこと。


よって
「ダメな自分」を責める必要も
「意気地なしの自分」を奮い立たせる必要も、
「自分を変えよう」と躍起になる必要もなく。。


自分を変えるのに特にやってはいけないことがあって、それは
「よーし、自分を変えるぞ!」
と、気持ちで自分を変えようとすること。

これが一番長続きしない。


それよりも
以下の3つの方法

1.時間との関係を変えること

2.人間関係を変えしまうこと

3.環境を変えてしまうこと
  (引っ越し、転職、転校など)


が変化が確実で長持ちする。


最近よく耳にする『断捨離』

断捨離は、言ってみれば『移動の伴わないおうち引っ越し』だそうです。

社会そのものが大きく変容している今
自分自身の変容を確実にさせるのは
実は、生活空間を変えてしまうこと。

自分自身にどんな変化をもたらしてあげられるかは
やはり(?)『断捨離』にかかっているのかもしれません。

江原啓之さんお勧めの2022年パワースポット〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、スピリチュアリストでありオペラ歌手でもある江原啓之さんのとあるネット記事を見て
とても共感する部分がありましたので、少し記事をお借りしてここに紹介したいと思います。

テーマは『行くべきパワースポット』


① 産土(うぶすな)神社
産土神社とは自分が生まれた土地(厳密には生まれた産院のある場所。産院がわからなければその実家でもOK)の神様を祀る神社のこと。実家近くの産院などなら、いま住んでいる場所とは遠く離れているかもしれません。産土の神様は、あなたがこの世に生まれるご縁をサポートしてくださった神様ですから、お参りはまさしく原点回帰。行くべき究極のパーソナル・スピリチュアル・スポットなのです。

② 湧水公園
湧き出るというのは、生まれ出るパワー。水が湧き出る場所は素晴らしいパワースポットです。そんな湧水がある公園は、規模の大小にかかわらず各地にありますので、ぜひ探してみて。自分の街の身近な公園も、そうかもしれません。しかも清らかな水の流れを感じることは、たましいを浄める禊ぎになります。いつの間にかたまった心のモヤモヤを洗い流し、生まれ変わったような気持ちにさせてくれるでしょう。

③ 見晴らしの良いところ
疲れた心を癒して元気になったり、新しいことを始めたりしたいなら、見晴らしの良いところへ。とくに山はおすすめです。山はご神体といわれ、そのものがパワースポットであり、スピリチュアル・スポット。山の上から見る神々しいまでの景色が、あなたの生まれ変わりをサポートしてくれるはず。もし近場ですぐに、となればビルの展望台など眺めの良い場所でもOK。いつもと違う視点があなたに気づきをくれます。

④ 生命と触れ合える場所
動物園や水族館、犬猫カフェ、植物園など、生命と触れ合える場所に行きましょう。ひたむきな命の営みを間近で見ることは、生きるパワーをもらうことです。心が疲れていると、人に心を開くことができなくなり、そのまま内にこもってしまうことも。でも生きものたちがあなたの心を、やさしく開いてくれます。きっと元気になれるはず。家で植物を育てたり、花を愛でたりすれば、家がそのままパワースポットになりますよ。


(引用:『anan』2021年12月29日‐2022年1月5日合併号)

枕のはなし〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

正月休みも終わり、通常の生活に戻りつつある今日このごろですが
1年365日、毎日何かしらの記念日があるなかで
本日1月6日は『枕の日』なのだそうです。

ちなみに、この『枕』というもの。
そのことばを紐解くと、単なる寝具としての道具だけではない
実に奥深い意味が込められているようです。

実際に「まくら」ということばを紐解いてみると・・・

「まくら」は「ま」と「くら」からなり

「ま」は「真」
すなわち「真実」や「聖なるもの」のこと。

「くら」は「蔵」や「倉」
すなわち「容器」のこと。
(「場所」という意味もあり)

つまり、この2つを合わせると
「真実の容器」もしくは「聖なるところ」
ということになります。

昔は誰でも枕を使っていたわけではなく
巫女や巫男など、神と関わりのある人だけが枕を使っていたようです。

彼らは、彼女らは神を自分に依り憑かせて
神霊のことばを人々に伝える役割をもつ人たちでした。

そして、枕はその『神霊』を入れる容器だったとされているのです。

そう考えると、『寝る』ということは
単に心身を休ませるということではない、もっと何か特別なものの感じがしますよね。

もう少し言えば、寝ている間に見る『夢』や出てくる『ことば』は
(そう、潜在意識からの “メッセージ” は)
今後の自分の道標をしめしてくれるきっかけのひとつ(ヒント)を
与えてくれているのかもしれません。

「とりあえず○年」の生き方をする〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

早いもので、2021年もきょうを入れて残り4日となりました。

私自身、今年やり残したことはないか、来年どのように過ごしていくか
自分自身に問いながら過ごしているきょうこのごろです。

また、人によっては
早くも来年の目標や計画をたてているという方もいらっしゃるかもしれませんが
自分自身にとってそれら(目標・手に入れたいものなど)が ”ほんとうに” 重要でない限り
年が明けて少し経つと「無理にやらなくてもいいか」という気持ちになってしまって
ついつい、翌年以降に先延ばししてしまう傾向が強いように思えます。

(そうやって何年も「やらないまま」でいる)


そこで、考え方のひとつとして
ご自身のいまの年齢から区切りのいい年齢まで「生きる」と仮定して
(あたりまえですが、命は永遠ではない)
「とりあえず○年」という生き方をしてみる のも面白いかもしれません。


例えば

いま35歳の方だったら、40歳となる「あと5年」
いま42歳の方だったら、45歳となる「あと3年」

といったように。


自分の ”与えられた時間” を「とりあえず○年」と決めて
どのように生きると(何をすると)自分にとって ”やり残し” や ”悔い” のない
ベストな生き方ができるか、一度考えてみる。


もちろん、○年といった長いスパンではなく
1年、3ヶ月、1ヶ月といった短いスパンでも全然構いません。

(朝起きた時「きょう1日を精一杯生きる」と決めて毎日過ごしていくのもありだと思います)


目標・計画といったものに捉われない
また自分にとって ”ほんとうに” 必要なことだけをする
『自分らしい生き方』提案・・・

年末年始の少し空いた時間にちょっと考えてみるのもいいかもしれませんね。

人混みを楽しむ〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

コロナ禍も以前よりはだいぶ落ち着きを見せ、また
冬のボーナス支給/忘年会シーズン/クリスマスセール などで
街が人で溢れかえることが多くなりつつあるように思える今日このごろ。。


私はどちらかというと人混みが苦手で
可能であれば、避けたいところではありますが
いざ行ってみると、意外と苦にならない・・・

自分なりにその理由を考えてみたのですが
どうも、自分でも意識しないレベルで
『人混みを楽しんでいる』ことに少し気がついたのです。


では、どのように楽しんでいるか・・・

・『おしゃれな恰好している人』を見て
 「今度真似してみようかな」と思う

・街ですれ違うきれいな人に
 ほんの一瞬だけ片思いをする

・ゲーム感覚で人混みの中をすり抜ける
 (「脱出できたら、ミッションクリア」みたいな)

など。


都会に向かっての電車通勤など
普段から人混みの中にいらっしゃる方は
そうでもないかもしれませんが
(苦痛、苦手であることには変わらない)

それほど人混みを感じる生活をしていない人や
人混みの中が苦手だという人も
非日常を味わったり、“自分の細胞を活性化させる” という意味においては
人混みの中に身を置くことも、結構楽しいことかもしれません。


また、心は(基本的に)刺激を求める傾向にあると思いますので
人混みの中に加わり、それを味わうことで
十分刺激になり、楽しいと感じるものになると思います。

肯定的表現による願望実現〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

平日、仕事や家事・子育てに追われてしまって
休日「もう、何もしたくない」という気分になってしまうのは
よくあることだし、ごく自然な気持ちだと思います。

ただ、一方で
「なにもしたくない」から「なにもしないまま」1日を過ごしてみると
その1日の終わりに、ちょっとした後悔だったり、損した気分になって
余計自己嫌悪(みたいなもの)に襲われることも
実はよくあることなのではないでしょうか。。


そのため
すこし疲れてしまって「なにもしたくない」と感じたとき
「なにもしたくない」という〔否定的表現〕を使うのではなく
「目が覚めるまで温かい布団で寝ていたい」
「気の向くままゴロゴロしていたい」

と、〔肯定的表現〕を用いることによってその “願望” を実現する。

つまり
「ゴロゴロしていたい」と思って「ゴロゴロ」する方が
「何もしたくない」と思って「ゴロゴロ」するよりも
より『達成感』『満足感』が得られるような気がします。


そう。ものごとにはいろいろな見方があるように
(『細かい』→『気配りができる』『几帳面』『緻密』)
(『頑固』→『一途』『熱中する』『意志が固い』)

否定的な表現を肯定的な表現に置き換える工夫をすることで
きっと(自分の中で変えたいと思っている)何かが変われるのではないでしょうか。

もちろん、肯定的な方向に!