美しい人
みなさま、いつもありがとうございます。
美しい人がいます。
その人を見ると芸術的にすら感じるのですが
どうもその人は
自分の美しさに関心がないらしく
ただ自然に、淡々と
自分の “使命” みたいなものを果たしている。
周りの様子を気にすることもなく、抗うこともなく。
ただ、あるがまま。
そういう人に、私はなりたい。
みなさま、いつもありがとうございます。
美しい人がいます。
その人を見ると芸術的にすら感じるのですが
どうもその人は
自分の美しさに関心がないらしく
ただ自然に、淡々と
自分の “使命” みたいなものを果たしている。
周りの様子を気にすることもなく、抗うこともなく。
ただ、あるがまま。
そういう人に、私はなりたい。
みなさま、いつもありがとうございます。
学童保育にて、子どもたちと日頃接していくなかで
こちらがちゃんとチェックできず
どうしても “サボってくる” 子どもたちが一定数いる。
宿題であれば、国語の教科書の音読や算数の九九。
その他、おやつのあとの片付け(皿洗い・皿拭き)、掃除など。
一度に多くの子どもたちを集中してチェックするので
左右となりの声を聞き、前の子を聞き、背後からの声を聞き
右往左往しているうちに、すこし遠くでゴソゴソしている子が、、
「のっち!(←学童での私の呼び名)
音読終わったよ!(だからサインして)」
・・・みたいな。
(あっ! ごまかしたな、、)
のっちはね~ 注意や叱ったりは、そんなにしないんですよ。
ただね。
嫌なことでも、めんどくさいことでも
挑戦したり、ベストを尽す “クセ” をつけておかないと
いざ大人になって
自分の好きなことができるようになったときや
ほんとうに頑張らないといけないときに
ちっとも力が出ないんだよね。。
そして
「いや、いまのはたまたま力が出なかっただけ」
とか
「オレ、まだ本気出していないから(本気出す時じゃないから)」
と言って、自分をごまかす。
そうやって時間が経って、あっという間に “全盛期” が過ぎてしまう。
そのことだけは、伝えておきたいかな。
なかなかね
経験しないと(時間が過ぎ去ってみないと)分からないけど。
みなさま、いつもありがとうございます。
考え・思うこと・悩み事は人それぞれ。
顔1点のほくろをコンプレックスに感じる人もいれば
漆黒の闇にポツンと光る北極星に
自身の希望を重ねて舵を切る船乗りがいる。
そんな私は、生粋の『船乗り』タイプ。
10代後半あたりから
社会や世の中の風潮・流行り事
家族、生きていくことに絶望感を抱き始め
それを人に悟られないよう繕いながら
いままでなんとかやってきた感じ。
おそらく、それはこれからも変わらないでしょう。
先週の日曜日
私の住む愛知県で知事選挙がありました。
この4年の間に
社会や周りの環境がどう変化したか、また
みなさん自身がどう変化したかは分かりませんが
愛知県の人たちは
「いまのままでいい」
と思っている方が多いということでしょうか。。
(大きな声では言えませんが、「ざんねぇーん!!」)
そんな私は、新たな “北極星” を捜しに
もうすこししたら旅に出たいと感じるような今日このごろです。
(旅といっても、しれてますが)
近場で、渥美半島、奥三河
あと、やさしさを感じるどこか。
やさしさを感じる人と
のんびり他愛もない話がしたいなぁ~
みなさま、いつもありがとうございます。
少し余計なお世話的投稿になりますが・・・
スポーツジム等に通って汗を流したり
無添加の健康食品を宅配で取り寄せて食するなど
健康意識が高い人が多くいらっしゃるのは、いいことだと思うのですが
それだけ意識が高く、お金をかけている(かけられる)のであれば
それ相当のガソリン代を使って
地方の農業のお手伝いをしようと考える人が増えるといいなと思います。
身体を鍛えるという感覚とはすこし異なりますが
でも、ある程度カロリーを使ってそれなりの運動量になるし、、
人手の足らない時期にお手伝いなんて
農家さんにとってみれば、おそらく大助かりだろうし、、
また、収穫の際
規格外(売ることができない)のものもあるでしょうから
それをいただいて食材にすることもできるだろうし、、
お金という媒体を使わない、“エネルギー” の交換。
しかも、とてもエコ。
『自給自足』ではないけれど
『自給自足的思考』とでも申しますか。。
さぁ、農家さんと知り合いになっていこうか。
みなさま、いつもありがとうございます。
きょうから2月。
2月の別の呼び名として代表的なものに
『如月(きさらぎ)』がありますが、これは
如月の『如』の字には「万物が神意に従うように現れ出る」の意味があり
自然がいきいきと動き始める様子を『如』の字にあてたとされるようです。
また、この如月以外にも、2月の別名は
春の喜びを感じさせるものが多いようです。
・木の芽月(このめづき)
・雪消月(ゆきぎえづき・ゆきげづき)
・恵風(けいふう)
・花朝(かちょう)
・梅見月(うめみづき) など
そして、もうひとつあるのが、『令月(れいげつ)』
『令月』とは、「何をするにもよい月、めでたい月」という意味があるそう。
万葉集にある「初春の令月にして気淑(よ)く風和らぎ~」という一節から
『令和』の元号がつけられたことは、まだまだ記憶に新しいことと思います。
気温こそ低いものの、春の兆しが見え始める頃でもあるこの時季・・・
令和の令月が、よい月になるといいですね。
みなさま、いつもありがとうございます。
2020年1月15日
日本で初めて新型567ウイルスが確認されて
3年ちょっとたちました。
それに関し
人それぞれ考えや思うところ、また
その人の “正解” をお持ちだと思いますので
(ex 社会に与えた影響、国の対策、ワクチン、マスク etc… )
私の考えなどここで述べることを差し控えますが
(ちなみに私はワクチン未接種です。お仲間いるかな?)
ただ、その存在によって
人間の本質的な生き方が問われている感があるのは
やはり(?)どうしても否めない気がして
(少なくても私はそう考えている)
極端に言えば
新型567ウイルスの発生によって
人間が地球上で “生き延びる” ための
“最後の機会” を与えてくれた
みたいな、、
つまりは
取り戻す必要のある日常がある一方で
手放すべき日常があるということ。
特に20世紀終盤以降における自然環境への影響を無視し
このまま過剰な資本主義&大量消費型社会を
続けていった先に待っているものは、『破壊』でしかないこと。
・・・命をつなぐことを生業としなくても
少なくとも賢い消費者にならなければ
などなど。
私自身はすでに人生結構満たされていると感じているので
正直、あまり成長しようと思わなくなってしまいましたが
一方で、自分がいままで得た経験・能力・リソース等を
いかに地球や大地に、そして次世代の人たちに還元するか、、
そこは少し考えて
私なりに取り組めるといいなと思っているところです。
みなさま、いつもありがとうございます。
私の好きなことのひとつに
『ひとりカラオケ』があります。
好きな曲、思い出のある曲、元気が出る曲
人目を気にせず(なんせ1人ですから)思いっきり歌う、、
大声を出すことは、実に気持ちがいいものです。
(実際、脳にも体にもいい効果があるようです)
ある曲を歌った日には
急に目の周りが熱くなって、涙がこみあげてきたり、、
そんな経験をお持ちの方、意外といらっしゃるかもしれませんね。
涙が出るのは、歌詞のフレーズを口にしたからなのか
歌手や作詞・作曲者の人柄を感じたのか、はたまた
その歌が流行っていたころの心象風景を思い出したからなのか
様々な理由があるわけですが、いずれにしろ琴線に触れたということは
それらのものが、これから生きていくうえで心の支えのような役割を果たしてくれる気がするのです。
なにもこれは歌に限らず
音楽であったり、本・映画であったり、絵・作品であったり、景色であったり・・・
本来の自分に “軌道修正” するため
ぜひ、よい音楽、よい本(映画・ドラマ)、よい絵(芸術作品)などに
もう一度触れなおしてみるといいのかなと思います。
みなさま、いつもありがとうございます。
すこし疲れたとき
気分が落ち込んだとき
そんなときは「どうにかなる」
すこし元気が出てきたとき
気分が上向いてきたとき
そんなときは「どうにかする」
「どうにかなる」と「どうにかする」
(もしくは「なんとかなる」と「なんとかする」)
人って、常に
この2つが両極にあるシーソーの上で
バランスをとりながら生きている感じなのかも。。
もし仮に、自分に苦手なことがあって
うまく事を進ませることができなかったとしても
それはひょっとすると
近くにいる人の “得意なこと” かもしれないので
1人で頑張らず、お願いするというのも、ありかもしれない。。
(当然、その逆しかり)
どうにかなる、
どうにかなる、、
どうにかなる、、、
すこし元気がでてきたら
どうにかしてみよう!
♪見慣れた街の明り 行くなと呼ぶ
けれどもおんなじ 暮らしに疲れて
どこかへ行きたい どうにかなるさ
(かまやつひろし『どうにかなるさ』)
小さいころ、いつか
「ブルートレインに乗って旅をしたい」と
ずっと思っていたのだけど
時代の流れとは言え、すっかりなくなってしまって残念。。
(唯一の寝台特急『サンライズ出雲/瀬戸』はあるけれど)
夜行バスがあると言えばあるけど
やっぱり、“隠れ乗り鉄” としては
夜行列車がいいよなぁ。。
ちょっとした独り言でした。
みなさま、いつもありがとうございます。
先日、誕生日を迎えました。
ちなみに、私は今年、年男なので
四十ウン歳・・・すっかりいい歳です(笑)
で、何か特別なことをしたかというと・・・まったく。
いつもと同じように食事。
そして、いつもと同じように仕事。
少しうたた寝。
テレビを見て、Youtubeで音楽を聴き、お風呂に入り、ふとんの中へ・・・
そんな、何気なく過ごした1日であっても
人によっては、一生忘れられない日になったりすることもあるんですよね。
良いと感じたできごと〔幸〕しかり。
悪いと感じたできごと〔不幸〕しかり。
そして、当然、生も死も。
改めて、1日1日をていねいに過ごしていきたいと感じる日でもありました。
みなさま、いつもありがとうございます。
同じ失敗をしたとしても、、
自分のふるまい・姿勢・気持ちが
自然な状態での失敗ならば
(ex 本意、正直、誠実、真摯 etc… )
それがいつか経験に変わり
肥やし〔財産〕になってくれるけど
自分のふるまい・姿勢・気持ちが
不自然な状態での失敗ならば
(ex 本意でない・仕方なく、見栄・かっこつけ、悪知恵 etc… )
その失敗が妙に残り、黒歴史に変わり
いつまででもくすぶり続ける・・・
自分に誠実であれ、
自分に素直であれ、
自分に正直であれ、
自分に真摯であれ、。