ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

2021年12月

年末のごあいさつ

この度は弊社のホームページにお越しくださり、誠にありがとうございます。

2021年も残すところきょうを入れて3日となりました。

今年も去年に引き続き、多くのご縁をいただくことができました。
ご用命いただいた方、関わりを持ってくださった方に対し、厚く御礼申し上げます。

どうかよいお年をお過ごしくださいませ。


ハートオフィス・あおい
代表  野田 喜敬

  • Category:その他
  • Author:heartoffice-aoi

「とりあえず○年」の生き方をする〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

早いもので、2021年もきょうを入れて残り4日となりました。

私自身、今年やり残したことはないか、来年どのように過ごしていくか
自分自身に問いながら過ごしているきょうこのごろです。

また、人によっては
早くも来年の目標や計画をたてているという方もいらっしゃるかもしれませんが
自分自身にとってそれら(目標・手に入れたいものなど)が ”ほんとうに” 重要でない限り
年が明けて少し経つと「無理にやらなくてもいいか」という気持ちになってしまって
ついつい、翌年以降に先延ばししてしまう傾向が強いように思えます。

(そうやって何年も「やらないまま」でいる)


そこで、考え方のひとつとして
ご自身のいまの年齢から区切りのいい年齢まで「生きる」と仮定して
(あたりまえですが、命は永遠ではない)
「とりあえず○年」という生き方をしてみる のも面白いかもしれません。


例えば

いま35歳の方だったら、40歳となる「あと5年」
いま42歳の方だったら、45歳となる「あと3年」

といったように。


自分の ”与えられた時間” を「とりあえず○年」と決めて
どのように生きると(何をすると)自分にとって ”やり残し” や ”悔い” のない
ベストな生き方ができるか、一度考えてみる。


もちろん、○年といった長いスパンではなく
1年、3ヶ月、1ヶ月といった短いスパンでも全然構いません。

(朝起きた時「きょう1日を精一杯生きる」と決めて毎日過ごしていくのもありだと思います)


目標・計画といったものに捉われない
また自分にとって ”ほんとうに” 必要なことだけをする
『自分らしい生き方』提案・・・

年末年始の少し空いた時間にちょっと考えてみるのもいいかもしれませんね。

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(4/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが最終章(第4章)です。


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〔第4章〕奇跡の “再会”、『女神』の存在

(前回(第3章): http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1177 )

さて、話は
『カウンセリング』に “一筋の光” を見い出したころに戻り・・・
(32~33歳のころ)

 『カウンセリング』というものに、そして『カウンセラー』になることに
 自分のこの世で果たすべき役割・使命といったものがあるのではないか・・・
 生きることの意味が見い出せるのではないか・・・


そんな “大きな” 思いを抱いて入った学校。
カウンセリングを教えてくださる先生。これから一緒に学んでいく人たち。
そして、その中のひとりの方の自己紹介を聞いたとき、まさに〔奇跡的な出来事〕が。


私が小学校4年生のとき
そう! 転校し、新しい小学校に馴染めず
まさに “癒しを求めて” 毎日のように眺めていた兄の卒業アルバム。
その中にいた、妙に “ひっかかる” かわいらしい女の子・・・

な・ん・と!

そのかわいらしい女の子がステキな女性として目の前に現れたのです!

もちろん、初対面のときは、そんなこと知る由もなかったのですが
“大人になった” 彼女がおこなった自己紹介(年齢、出身地 etc )・・・
すこし特徴のある漢字を使った名前(卒業アルバムに載っていたのと同じ漢字!)・・・
そして、そのお顔立ちをよくよく見ると、アルバムの彼女の写真の面影が・・・

もう、間違えありません!

私にとってみれば、約23年ぶりの “再会”


それからの日々、私は相変わらず
(〔第1章〕で書いたような)苦悩の日々を過ごしていたわけですが
カウンセリングの勉強を重ね、彼女と共に過ごし、言葉と心を交わすことによって
どれだけ “救われた” か。。。

私にとってまさに『女神』でした。

 ・・・スピリチュアル的な視点で見ると
    まさにこういうのが
『ソウルメイト』と言えるのかも!


そしてまた不思議なことに(私からしてみれば、少し残念なことでもあるのですが)
カウンセリングの勉強を重ね、その奥深い世界に魅了され
カウンセラーになることが自分のこの世で果たすべき役割・使命になると “決意した” のと同時に
少しずつ彼女とのあいだに距離感が生まれ、次第に会うこともになくなってしまいました。


いま思えば、それまでの苦悩の日々
遠くから差し込んだ “一筋の光” は
この世で果たすべき役割(=自分に課せられた使命)を果たそうと
自分自身に対し、真摯に・誠実に・正直に向き合ったことへの “ごほうび” だったのかもしれません。


ちなみに、私にとって『女神』であるその彼女は
いまも、私の幼きころの思い出がいっぱいつまったその場所で穏やかに暮らしているらしく。。。


めでたし、めでたし(なのかな?)


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1173 〔プロローグ〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1175 〔第1章〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1176 〔第2章〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(3/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』というものに出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが第3章(全4章)です。


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〔第3章:生まれて初めて重たい〔悩み〕を持ったとき “心の支え” になったもの〕

(前回(第2章): http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1176 )

少し話は変わり、私が生まれて初めて〔悩み〕を強く認識したのは
(出口が見えないというか、重くのしかかるような感覚を初めて味わったのは)
小学校4年生になったときのことでした。

それまで毎日楽しく過ごしていた小学校から、4年生になった春、親の転勤により転校。
転校のショックもさることながら、とにかく、新しい学校に馴染めなかったのです。

いま思えば、それまでが「良すぎた」というか
視野が狭かったというか、「調子に乗っていた」ところがあったかもしれませんが
いずれにしろ、夏休みを迎えるくらいまでの2、3ヶ月のあいだ
(まだ幼かった私にとって)長く、重たい日々が続いたのです。


その長くて重たい日々の中、私の “心の支え” になったのが
3歳上の兄がもらってきた小学校の『卒業アルバム』

兄からしてみれば、小学校卒業と同時に引っ越したことになるため
その卒業アルバムは、私がそれまで通っていた小学校の『思い出』にもなったわけです。


卒業アルバムは私を癒してくれました。

当然、兄の卒業アルバムなので
各クラスに載っている人たちの顔や名前は全くと言っていいほど知らないわけですが
アルバムの最初にある校舎の写真や運動会などのイベント写真は
楽しかった日々の思い出に浸らせてくれるものでした。


そして、その繰り返し眺めていた卒業アルバムに
妙に “ひっかかる子” がいるのに気づくようになりました。

ごくふつうのかわいらしい女の子なのですが
妙に見とれてしまうというか、とにかく “気になる” “ひっかかる” のです。
  ←かといって『一目ぼれ』とか『好きになった』という感覚でもなく
   自分でもほんとうによく分からない・・・


やがて卒業アルバムを見る目的も、前の小学校の楽しい日々を思い出すというよりは
その “ひっかかる子” を見たいがためにアルバムを見るようになったような・・・


そんな兄の卒業アルバム。。。

新しい小学校の生活に慣れ、遊ぶ友達もでき、そこで少しずつ成長するにつれ
(兄の卒業アルバムを)見ることも懐かしむこともなくなり
妙に “ひっかかる子” の存在もすっかり忘れてしまっていたのですが・・・


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1173 〔プロローグ〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1175 〔第1章〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(2/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』というものに出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが第2章(全4章)です。


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〔第2章:遠くに差し込む “一筋の光”、それに向かって歩いた先には・・・〕

(前回(第1章): http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1175 )

このまま仕事を続けていくことへの “無意味” さ・・・
過去、 “挑戦しなかった” “やり残した” ことによる未練や後悔・・・
様々なこと・些細なことで傷ついてしまう繊細さ・・・
『自分探し』や『居場所探し』を繰り返す日々・・・

社会人になって2,3年目のころから
もがき続けること約8年。。。(長っ!)


とにかく

「このまま年齢を重ねて生きていったとしてもどこかで必ず後悔する」
「安定した会社で半分 “妥協して” 働いて生きていったとしても、何も残らない」
「とにかく、いまの自分を変えなければ」「生き方を “修正” しなければ」


という思いでいっぱいだったので
いままで生きてきた人生の振り返りを自分なりに行い
(何歳の時にどんな思い出があるか/どんなことに興味があるか/自分の得意なものは何か など)
何回も何回も自問自答を繰り返す中、ふと
『カウンセリング』というキーワードが自分の中に “降りてきた”  のです。
  ←自分の心の中に残っているいい記憶・心地よい記憶のひとつに
   大学生のときしていたアルバイト(河合塾の『チューター』)があり
   自分の経験を人に伝えるような、何か物事を分かりやすく伝えるようなことをしたいと。
   そんな思いが『カウンセリング』というキーワードを引き寄せたのか・・・?


それはまさに、鬱蒼とした森の中をさまよい続けて歩くその先に差し込む “一筋の光” のようでした。


「この『カウンセリング』というものに、自分の生きる意味を見い出せるのではないか・・・」

そんな希望を持ち、カウンセリングを学べる学校を探すことにしました。
  ←そのころはまだ「カウンセラーになろう」という思いは小さく
   「遠くに差し込む “一筋の光” に向かって進んでいこう」という思い  
 


そして見つけたとある学校・・・

大きな “思い” を抱いて学校を訪れ
カウンセリングを教えてくださる先生方や、これから一緒に学んでいく人たちと対面し
その中のあるひとりの方の自己紹介を聞いたとき
その〔奇跡的な出来事〕に遭遇したのです。


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1173 〔プロローグ〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(1/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』というものに出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが第1章(全4章)です。


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〔第1章 : 年齢を重ねるたびに増していく “生きる苦悩”・・・〕

私が『カウンセリング』というものに
自身のこの世での果たすべき役割や生きる意味があるのではと “悟った” のは
いまから14年ほど前、年齢で言うと32~33歳のころでした。

自動車業界に勤めること10年弱。
仕事内容の困難さはあったものの、給与・福利厚生・休日などの部分においては
おそらく…というか、(他業種よりも)かなり安定した業界だったこともあって
そのまま “割り切って” 働き続けられればよかったものの、そうはいかず

「仮にこのまま(定年まで)頑張って会社勤めをしたとしても、おそらく何も残らない」
(そのとき、きっと「自分の人生なんだったんだ」と、取り返しのつかない後悔をしそう)


とか

「 “普通に” 結婚し “普通に” 家庭を持ち(何十年のローンをかけて)マイホームを持つことが
 自分にとって本当に幸せといえるのだろうか・・・」


とか

「そんなふうにしてあっという間に人の一生は終わってしまうのか」​

という思いに少しずつ苛(さいな)まれていくようになりました。


それ以外にも
過去に対する未練や後悔、家庭不和などからくる『コンプレックス』や『ネガティブ要素』が
日常生活を送るうえでちょっとした陰を落とすような感じになったり
世の中のニュースや日常のちょっとした出来事でひどく傷ついてしまったりと
『うつ』や『ノイローゼ』とまではいかないまでも、かなり苦悩していたように思います。
  ←(思春期くらいから)理想と現実の間のフワフワしたところをさまよい続け
   「あっという間に大人になってしまった」という “焦り” みたいなものが
   社会人になっからものすごく大きな重しとなってのしかかったような感覚・・・


当然、そんな状態では自分に自信を持つことができず
(仕事もスムーズに段取り組めない・・・/他人がやたら充実しているように見える・・・)
また、いわゆる “結婚適齢期” だったにも関わらず
ステキな女性と結婚したいと思う気持ちも心の奥底にしまってしまい・・・
  ←家族に関して大きなコンプレックスを抱えてしまい
   自ら『結婚不適格者』という “烙印” を押してしまったような・・・
   よって、女性に対する苦手意識はないものの、深い関係までいくのを避けるというか・・・


そのため
「このままではいけない」と、なんとか会社勤めを続ける一方で
仕事以外の時間は、常に『自分探し』というか『居場所探し』をするため
ネットで検索したり、本屋に行って様々な本を見ては自問自答を繰り返したり・・・
  ←「いまの会社をやめて転職したい」という気持ちを持ちつつも
   仮に転職したとしても、いまの心の状態では「同じことの繰り返しになる」と思っていた



そんな日々が社会人になって2、3年目くらいから
(『カウンセリング』に “一筋の光” を見い出すまでに)8年間近くも続いたのです。


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1173 〔プロローグ〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(プロローグ)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

こんな場所で、改めて宣言するのもなんですが
私は一生『カウンセラー』であり続けようと思います。

それが私のこの世での課せられた使命であり、果たすべき役割と考えているからです。

なぜ、そう考えるになったのか・・・それは
『カウンセリング』というものに出会ったことによって
自分の人生が大きく開けたのはいうまでもなく
他の人ではなかなか味わうことのない〔奇跡的な出来事〕に遭遇したからです。

その〔奇跡的な出来事〕は、いまでも私の『心の支え』になっているわけですが、裏を返すと
この世で果たすべき役割・生きる意味を追求し続け、自分なりの答えを見つけ出した ことが
その〔奇跡的な出来事〕を引き起こしたといっても過言でないかもしれません。

 ・・・誤解のないように申し上げますと
    『カウンセリング』そのものに〔奇跡的な出来事〕を引き寄せる力があるわけではありません。
    (あたりまえですよね)
    ただ、もし、みなさまが自身の今後の人生を大きく開かせようとするのであれば
    『カウンセリング』によって自身のこの世の役割・生きる意味を追求することこそが
    最良の手段であると私は考えています。


(また、当然、カウンセラーとしての “純度” を高めるため、いまもその意味を追求し続けているわけですが)


さて、そんな私の身に起きた〔奇跡的な出来事〕とはいったい何でしょうか?

来週(21~24日)、4回にわたって書いていこうと思います。

世の中が変化する方法2つ

みなさま、いつもありがとうございます。

正しい・間違い、良い・悪いは別として
日本は民主主義国家なので
多くの賛同を得られた方向に世の中が少しずつ変わっていくのは
誰もがご存知だとおもいます。

ただ、世の中が変化するのには実はもうひとつ方法があり、それは
マイノリティ・・・いわゆる『少数派』と言われる人たち
(あえてここでは “変人” という言葉を使おうと思います)が出逢い
“スパーク” することによって(『化学変化』というべきか)
イノベーション的な変化をもたらすことも見逃せない事実だと思います。


さて、そういう私はどちらを望むだろう・・・

やっぱり(?)後者なのかもしれない。

とくにいま、特別変えたい・変わりたいものはないけれど
自分の好きな人に嫌われない程度の “変人” で居続けることにしよう!

人混みを楽しむ〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

コロナ禍も以前よりはだいぶ落ち着きを見せ、また
冬のボーナス支給/忘年会シーズン/クリスマスセール などで
街が人で溢れかえることが多くなりつつあるように思える今日このごろ。。


私はどちらかというと人混みが苦手で
可能であれば、避けたいところではありますが
いざ行ってみると、意外と苦にならない・・・

自分なりにその理由を考えてみたのですが
どうも、自分でも意識しないレベルで
『人混みを楽しんでいる』ことに少し気がついたのです。


では、どのように楽しんでいるか・・・

・『おしゃれな恰好している人』を見て
 「今度真似してみようかな」と思う

・街ですれ違うきれいな人に
 ほんの一瞬だけ片思いをする

・ゲーム感覚で人混みの中をすり抜ける
 (「脱出できたら、ミッションクリア」みたいな)

など。


都会に向かっての電車通勤など
普段から人混みの中にいらっしゃる方は
そうでもないかもしれませんが
(苦痛、苦手であることには変わらない)

それほど人混みを感じる生活をしていない人や
人混みの中が苦手だという人も
非日常を味わったり、“自分の細胞を活性化させる” という意味においては
人混みの中に身を置くことも、結構楽しいことかもしれません。


また、心は(基本的に)刺激を求める傾向にあると思いますので
人混みの中に加わり、それを味わうことで
十分刺激になり、楽しいと感じるものになると思います。

肯定的表現による願望実現〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

平日、仕事や家事・子育てに追われてしまって
休日「もう、何もしたくない」という気分になってしまうのは
よくあることだし、ごく自然な気持ちだと思います。

ただ、一方で
「なにもしたくない」から「なにもしないまま」1日を過ごしてみると
その1日の終わりに、ちょっとした後悔だったり、損した気分になって
余計自己嫌悪(みたいなもの)に襲われることも
実はよくあることなのではないでしょうか。。


そのため
すこし疲れてしまって「なにもしたくない」と感じたとき
「なにもしたくない」という〔否定的表現〕を使うのではなく
「目が覚めるまで温かい布団で寝ていたい」
「気の向くままゴロゴロしていたい」

と、〔肯定的表現〕を用いることによってその “願望” を実現する。

つまり
「ゴロゴロしていたい」と思って「ゴロゴロ」する方が
「何もしたくない」と思って「ゴロゴロ」するよりも
より『達成感』『満足感』が得られるような気がします。


そう。ものごとにはいろいろな見方があるように
(『細かい』→『気配りができる』『几帳面』『緻密』)
(『頑固』→『一途』『熱中する』『意志が固い』)

否定的な表現を肯定的な表現に置き換える工夫をすることで
きっと(自分の中で変えたいと思っている)何かが変われるのではないでしょうか。

もちろん、肯定的な方向に!