ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

オンライン飲み会への参加

みなさま、いつもありがとうございます。

先週の土曜日、知り合いに誘われ
『オンライン飲み会』なるものに初めて参加しました。

その飲み会のメンバーはというと・・・

中学の時、とある催し物で知り合った同い年の人たちで、10名の人が参加。

正直、最初あまり乗り気でなかったのですが
(「そこまでして」という思いが強かった)
いざ、やってみると「参加してよかった」と感じることができました。

同い年の集まり・・・言ってみれば『同窓会』のようなこのオンライン飲み会。

つい、人と比較して自分が落ち込んでしまうのではという懸念を若干感じつつも
中学のときからの知り合いですから、お互いの “根っこの部分” を知っているというか。。。
特に比較することもなく、落ち込むこともなく
それこそ、当時と同じように楽しくお話しをすることができました。


今回の “有事” によって、このような『オンライン』がより一層身近なものとなったわけですが
(電話のように)声だけでなく、お互いの表情を見られるというのは
ある種『安心感』にもつながってきますよね。

介護や医療の現場など、孤独を感じやすいお年寄りや患者さんへのケアの一部として
『オンライン』がもっと身近なものになるといいと強く感じるようになりました。

なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか(4/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

過去3回にわたってお送りしているテーマ
『なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか(※)』 きょうが最後です。

カウンセリングにおいて最も大切なことのひとつに『援助的人間関係の確立』があり
そのためには 3つの段階を踏んでカウンセリングを行う 必要があることを同時に述べました。
(カウンセリングに時間と回数がかかるのはこのためです)

本日は3つの段階の中の最終段階 『〔Ⅲ〕行動計画期』について詳細を述べていきます。
(参考文献:『新しいカウンセリングの技法』 諸富祥彦著 誠信書房


〔Ⅲ〕行動計画期
・アクション、ステップの時期
・「実際にこれからどうするか」行動の計画を立て、小目標を達成していく段階


カウンセリングの方向性が定まってきたら、『行動計画』の段階に進んでいきます。

例えば「ある仕事に就こう」という方針が定まった場合
「その仕事に就くにはどのような資格が必要で、どのような学校に行けばいいのか」
などを探っていきます。

また、しばらく勤務先や学校などを休んでいた方であれば
「職場や学校に戻るための努力をしよう」
と決めて、いきなり職場や学校に戻るのではなく
「通勤・通学するのと同じ時間に同じ服装をして、家の近くを30分歩くことから始める」
などといった具合です。

「(具体的に)いつから、何をしていくか」
「無理がないようにするためには、どのようなことから始めて、次にどんなことをしていくか」
という行動の計画を、カウンセラーとクライエントさんが一緒に話し合って決めていくのです。

そして、この段階を終えたら、いよいよカウンセリング終結に向けての話し合いを進めていきます。

「そろそろ終わりにしてもよさそうな気がするのですが、いかがですか?」
とカウンセラーから切り出す場合もあれば
「なんとかやっていけそうな気がするので、そろそろ終わりにしたいと思います」
とクライエントさんの方から伝えていただく場合もあります。

いずれのケースにしても、クライエントさんの意思を尊重するのに変わりありません。


 (※)『なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか』過去掲載分
    http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/830
    http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/831

    http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/832

なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか(3/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

一昨日よりお送りしているテーマ
『なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか(※)』 きょうが3回目です。

カウンセリングにおいて最も大切なことのひとつに『援助的人間関係の確立』があり
そのためには 3つの段階を踏んでカウンセリングを行う 必要があることを同時に述べました。
(カウンセリングに時間と回数がかかるのはこのためです)

本日は3つの段階の中の第2段階 『〔Ⅱ〕自己探索期』について詳細を述べていきます。
(参考文献:『新しいカウンセリングの技法』 諸富祥彦著 誠信書房


〔Ⅱ〕自己探索期
・自分を深く見つめる時期
・自分の内側に意識をむけて、こころの声を聴いていく段階


一定の関係形成を築けたと感じたクライエントさんは、意識がたんだん自分自身へと向かい始め

 「自分の “ほんとうの” 気持ちは、どのような気持ちなのか」
 「果たして自分は何をしたくて、どんな方向に向かいたがっているのか」


と自己探索するようになっていきます。

この『自分を深く見つめていく(内省していく)段階』こそが
カウンセリングの主たる段階であり、山場ともいえます。

ここで私たちカウンセラーが意識するのは
クライエントさんから受け取った言葉を、自分(カウンセラー自身)の深いところに
ゆっくり響かせていくような『深い傾聴』をすることです。

それは、カウンセラー自身が自分の “深いところ” で話を聴いていないと
クライエントさんも安心して自分のこころの奥深くに入っていくことができないからです。

カウンセラーが自分の “深いところ” に重心をおいて、そこでクライエントさんの話を聴き
そこから『伝え返し』をおこなっていく ――

そんなカウンセラーのあり方がクライエントさんに伝わることによって
クライエントさんも安心してこころの奥深くに入っていくことができます。


 (※)『なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか』過去掲載分
    http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/830
    
http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/831

 

なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか(2/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

昨日よりお送りしているテーマ
『なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか(※)』 きょうが2回目です。

カウンセリングにおいて最も大切なことのひとつに『援助的人間関係の確立』があり
そのためには 3つの段階を踏んでカウンセリングを行う 必要があることを同時に述べました。
(カウンセリングに時間と回数がかかるのはこのためです)

本日は3つの段階の中の最初の段階 『〔Ⅰ〕関係形成期』について詳細を述べていきます。
(参考文献:『新しいカウンセリングの技法』 諸富祥彦著 誠信書房


〔Ⅰ〕関係形成期
・『ラポール』を築く時期
・「こころとこころのつながり」をつくる段階


この段階でなんといっても重要なのは

 「この人には安心して話ができる」
 「この人は、私の気持ちをわかってくれる」
 「細かなこころのひだまで、ていねいに分かって、感じ取ってくれる」
 「そしてその理解を、ちゃんと私に確かめてくれる」
 「この人だったら、一緒にやっていけそうだ」


という共感的な関係の確立です。

1回のカウンセリングでこの関係形成が完了する場合もあれば、10回以上かかる場合もあります。
(おおよそのところ、2~3回でこの関係を築いていきます)


ここで私たちカウンセラーが行うのは
クライエントさんの『見立て(▲)』の他、『うなずき』『あいづち』『感情の伝え返し』など
ごく一般的な傾聴することを主とし、問題そのものに目を向けることはまだしないことの方が多いです。

それは、どんなクライエントさんであっても

 「このカウンセラーさんは私の話や気持ちをていねいに受け止めてくれる」
 「わかったつもりにならずに、ちゃんと私にしながら聴いてくれている」


と(クライエントさんが)感じるよう
 
「あなた(クライエントさん)のこころをきちんとわかろうとしていますよ」

という姿勢でクライエントさんの気持ちを受け止めていくことを意識するためです。


  (▲)抱えている問題や悩みがどんなものであるか、またその根源となっているもの
     問題や悩みの深さをつかむこと


 (※)『なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか』過去掲載分
    http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/830

なぜ、カウンセリングは時間と回数がかかるのか(1/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを行う上で大切なことがいっぱいあるわけですが
何よりもまず大切なこと・・・それは

クライエントさんがカウンセラーに対し

 「この人とは、気持ちが一つに重なって、同じこころの世界を味わっている」
 「この人は、私の気持ちを、こころのひだまでていねいに分かってくれようとしている」


と感じてもらえるようになること。

つまり『援助的人間関係の確立』こそが最も重要な要素となってきます。

では、どのようにするとこの関係が確立できるのでしょうか?

それは、以下に示す3つの段階を踏んでカウンセリングを行うことにあります。
(参考文献:『新しいカウンセリングの技法』 諸富祥彦著 誠信書房)


 〔Ⅰ〕関係形成期
  ・『ラポール』を築く時期
  ・「こころとこころのつながり」をつくる段階
  〔役に立つ理論〕ロジャーズのクライエント中心療法


 〔Ⅱ〕自己探索期
  ・自分を深く見つめる時期
  ・自分の内側に意識を向けて、こころの声を聴いていく段階
  〔役に立つ理論〕ロジャーズのクライエント中心療法
          ジェンドリンのフォーカシング
          精神分析、ユング心理学、プロセスワークなど


 〔Ⅲ〕行動計画期
  ・アクション、ステップの時期
  ・「実際にこれからどうするか」行動の計画を立て、小目標を達成していく段階
  〔役に立つ理論〕ブリーフセラピー、認知行動療法など



もちろん、クライエントさんの意向や取り扱う内容・進み具合によって
どの段階を中心として取り扱うかまったく異なってくるわけですが
この3つの段階を踏まえなくしてカウンセリングは成り立たないため
カウンセリングに時間と回数がかかってしまうのはやむを得ないことなのです。
 

それぞれの段階について、次回以降、もう少し詳しく取り扱っていきます。

“自粛警察” する人の心にあるもの(3/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

前回、 自粛警察してしまう人の(『他人をたたく』も同様)
心のうちにあるものを私なりに書いてみましたが
本日は、脳科学の視点でその理由について書きたいと思います。


なぜ、“自粛警察” してしまうのか・・・
なぜ、他人をたたいてしまうのか・・・
なぜ、他人のうわさ話やちょっとした悪口を言ってしまうのか・・・

このとき、脳内では『ドーパミン』という物質が分泌。

このドーパミンというのは
運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる神経伝達物質で
「気持ちが良い」「心地良い」と感じると出ると言われています。

つまり、それらをすることによって、脳が「気持ちいい」「心地よい」と感じてしまう わけです。
(やる気のもと『アドレナリン』は、この『ドーパミン』から作られる)

よって、(「人の悪口を言うのをやめたい」と考えている人がいたとしても)
なかなかやめられず、ある意味中毒性が高いというのが現状のようです。


ちなみに、このドーパミン・・・

何も他人をたたいたり、悪口を言うことなく出す方法が当然あるわけですが
(あたりまえですよね)
その方法を端的に書くと

・何かするときに、自分自身に報酬(ごほうび)を用意する
・音楽を聴きながら作業を行う
・普段からドーパミン生成に必要な栄養素(タンパク質)を摂取する
・瞑想を行う/呼吸を整える


など。

それほど難しいことをしなくても、ドーパミンは出てくれそうですね(笑)


さて、この自粛警察を呼び起こした今回の “有事” も
『39道府県の休業要請緩和(うち21県は全面解除)』が発表された等
終焉の方向に向かっているようです。

今回の有事によって経験したこと、感じた思いや教訓を胸に
皆様がステキな日常生活を過ごさせることを、心より願っております。


 (『 “自粛警察” する人の心にあるもの』過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/826
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/827

“自粛警察” する人の心にあるもの(2/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

今回の “有事” によって、新たに出現した “自粛警察” なる人(言葉)。

単なる『ストレスのはけ口』にしては悪質ですし
何かしら心に秘めているものがあるからこそ、そのような行為に走ってしまうのだと思います。

では、この自粛警察する(このほか、他人をたたく など)理由とは
いったい何なんでしょうか?
また、自粛警察してしまう人の心にあるものとは、何でしょうか?


先に結論から入ってしまいますが、一言でいうと『他社基準』『自分がない』

もう少し突っ込んで書くとするなら
『自分の行動を正当化できていない、受け入れられていない』
ということになると思います。


例えば、今回の “有事” の場合

 政府から「自粛してください」と連絡があった。
     ↓↓
 何か釈然としない(受け入れない)まま、しぶしぶ自粛をする。
     ↓↓
 自粛のあいだ、どんどんストレスがたまる・・・
 (『自粛』を『我慢すること』としか捉えられない “視野の狭さ” も一因としてあるかも)

     ↓↓    
 自粛していない(ように見える)人たちを “敵視”


そのような流れがあるのではないでしょうか。

つまり、ある程度納得できていれば、他人の行動はそれほど気にならないと思うのですが
自分の〔言動・行動〕に釈然としていない〔正当化できていない/自信がない〕ので
自粛していない人たちを見ることによって(もしくは、自粛していないと捉えることによって)
自分の〔言動・行動〕が否定されような気持ちがはたらいてしまう のだと思います。
(場合によっては、何か脅かされたような感覚を持つことも・・・)

そして、その〔否定された/脅かされた〕気持ちを “防衛” するためには
“自粛警察” という手段をとることによって “攻撃” するしか手立てがない のだと思います。
(同様に、他人をたたくのも、自分自身の〔言動・行動〕を正当化できていないからこそ)


ただ、もう一方で、この他人をたたく行為・・・

(心理的側面ではなく)脳科学の視点から見ても、ちゃんとした理由があるようです。

 ・・・“自粛警察” や他人をたたくことというところまでいかないまでも
    日ごろの生活において、人のうわさ話やちょっとした悪口を仲間内で話すのは
    ちょっとおもしろかったり、ストレス解消にもなりますよね。
    (なぜ、そのように感じるのか)


次回、書いていきたいと思います。


 (『 “自粛警察” する人の心にあるもの』過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/826 

 

“自粛警察” する人の心にあるもの(1/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

いまなお世界中を襲い続けている “有事”

さて、日本国内はというと・・・

個人的感覚ではありますが、なんとなく収束の方向に向かっている気がしております。
(おそらく今週末には、34県の自粛要請が解除されるのでは)


「いつになったら自粛要請が解除されるのだろう」と
国民一同がやきもきしていた日々を送ってきたわけですが、そんな中
要請を無視した店舗に対し、いやがらせまがいの行為をしたり、
抗議の貼り紙をしたり、ネットなどに実名をあげてつるしたりする
“自粛警察” なる人(言葉)も出現しました。

要請を無視したことに対し、多少怒りなり、違和感など持つことはあるにしろ
「そこまでしてしまう」のには、やはり、それなりの理由があるように思えます。

 ・・・“自粛警察” に限らず、人のやることなすことすべてが気に入らなかったり
    他人のちょっとした “過ち” をすぐたたく人って、いますよね。
    たとえそれが故意でなくても。また、自分に被害がなかったとしても。
    (例えば、芸能人の浮気など。「そこまでして叩きたいのか」と思うことも・・・)


では、その理由とは何でしょうか?
そのような人たちの心の内側にあるものとは・・・?


次回、詳しく書いていきたいと思います。

眠れぬ夜に〔♯21〕『ペットを飼う』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔♯21〕

『ペットを飼う(ぺっとをかう)』とは・・・
『自分をかわいがること』である。



〔解釈とヒント〕

ペットは人を癒してくれます。

ペットに話しかけたり、つい、愚痴をこぼしてしまうことも
よくあることかもしれません。

カメに向かって
「おまえはのんきでいいよな~」
と話しかけてみたり・・・

でもこれは、カメにとってみれば失礼な話。

カメは別にのんきなわけではないのです。

カメにはカメの生活のペースがあって
ひょっとしたら、毎日必死に生きているのかもしれません。


多くの人たちは、動物と人間が
本質的に異なる生き物であると考えがちです。

というのは、動物は話すこともできませんし
物事を論理的に考えるための理性も持っていないと考えるからです。

しかし、実はそういう『人間中心主義』の発想こそが
動物虐待、ひいては、生態系の破壊をもたらしているといっても過言ではありません。


動物倫理の権威であるオーストラリア出身の
ピーター・シンガー(1946- )は、『動物解放論』の中で

「動物の命をむやみに奪ったり、動物を苦しめることは
 世界全体の幸福にとってプラスにならないのでやめるべきだ」


と唱えています。

虐待されたり、殺されたりする動物が “痛がっている” のは、間違いありません。

「その苦痛を世の中の幸せを計算する際に考慮せよ」

と言っています。


さて、話はペットに戻り・・・

さきほどの話にもあったように、私たちは知らず知らずのうちに
ペット(動物)に対し、人間中心主義的なふるまいをしてしまいます。

ペットをかわいがるといいながら、実際には自分自身をかわいがっているのです。

そのためにペットを利用しているだけということになります。

ペットがかわいいなら、犬を鎖で縛りつけておく必要はないでしょう。

犬に鎖をつけるのは
「逃げられたくない」という人間都合主義の考え方にすぎません。
(犬は自由に走り回りたいのです)

 「コホンッ」(←咳払い)

何もそこまで極端でなくてもいいかもしれませんが
もう少しペットの気持ちになってもいいんじゃないかな。と思います。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

私の人生ベストソング100

みなさま、いつもありがとうございます。

ふと思いつき、ここ3、4日のあいだに
選んでみた『私の人生ベストソング100』


もちろん、ノージャンルで。
(アニメや特撮ヒーローもののOP・挿入・ED曲、童謡・唱歌、合唱曲に至るまで)

誰もが知っているメジャーな曲はもちろんのこと
アルバムの中に隠された名曲
CMだったか、街のレコード屋からだったか・・・なぜか頭から離れないあの曲
幼き頃に聞いた、ワンフレーズのメロディーと歌詞のかすかな記憶をたよりに
検索に検索を重ね、数十年ぶりに “再会した” あの曲まで。。


いざ、やりだすととても100曲では収まりきれなかったので
私なりの選定基準をまとめてみると・・・

〔1〕その曲をはじめて〔聞いた/知った〕当時の心象風景や
   体験した記憶・感情が思い出されるもの
   (その曲を通じて、オリジナルのエピソードがあるかどうか)
   (大概の人がいいと感じているであろうヒット曲は、あえて避けてみる)
〔2〕最初に聞いた時にインパクトのあったもの
   (あるワンフレーズ、サビが頭から離れない・・・“一耳惚れ” 的な)
〔3〕大人になって知った曲は、今後の人生の支えとなりうるであろう曲を厳選

といったところでしょうか。。。


改めて音楽というものは、人格形成の重要な一端を担っているというか
今後の人生においても、勇気であり希望であり。そして財産でもあり。

もし仮に、その曲によってつらい・悲しい思い出がよみがえったとしても
時がたつと「自分にとって必要な経験だったんだ」と思えるような気がします。

(曲以外にも、好きな著名人・ドラマ・映画・本などやってみるといいかも)


また、私が選んだベストソング100の中に
皆様の好きな歌手・ミュージシャンの曲が入っているか・・・

お互いに確かめ合うというのも、おもしろいかもしれませんね。